それは厳しい残暑も終わり、朝晩は少し冷え込むようになってきた頃だった。
トントントン、玄関でノックの音がした。
こんな夜更けに何の用だ?
そう思いつつも玄関の扉を開けると一人の女が立っていた。
「お願いです。私の苗字を探してください。」
女は突然そう言うと俺の返事も聞かぬうちに一筋の風と共に部屋に上がり込んできた。
「な、なんだ?!」
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・・・詳しく話を聞くとその女は記憶喪失らしかった。
自分の下の名前しか覚えていないそうだ。
その名前は「夢宇(むう)」と言った。
苗字が分からないと国へ帰れないので探して欲しいということだった。
「国と言ってもどこの国なのか、日本人の苗字だけでも数千、数万とあるのに外国人だとしたらお手上げだ。」などとふと考え込んでしまった。
どうやら俺はこの時からなぜかこの女に協力する気になってしまっていたらしい。
夢宇なんて当て字のような珍しい名前なのだからハーフなのではないかとも思った。
彼女の日本人とは思えない美しい栗毛色した長い髪と、少し桃色かかった頬がそう思わせたのだった。
しかし、自分は日本人だと言う。
この国でしか生きられないとまで言っていた。
奇妙な女だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、少し物寂しげでか弱そうな仕草が俺が守ってやらねばとさえ思わせるような雰囲気を醸し出していた。
「料理なら出来ます。どうか、どうかここに置いて下さい。」
そう言うと女はすぐに台所に立ち料理をし始めた。
この家にそんな材料なんてなかったはずだが、松茸ご飯に旬の野菜の汁物、焼き秋刀魚など次々と料理が運ばれてきた。
恐る恐る一口食べてみる。
「・・・うまい。」
彼女が作る料理はどれも天下一品だった。
俺も独り身だし、料理をしてくれる人がいるのは助かる。
どこにも行くところがないというので、名前が見つかるまでの暫くの間うちに置いてやることにした。
そして次の日から彼女の苗字探しが始まった。
「山田?斎藤?五十嵐?」
「佐藤?神田?木下?」
俺は思いつくままに苗字を上げていった。
毎日毎日、何十、何百もの苗字を調べ彼女に聞いてみたが、彼女は首を横に振るだけで一向に苗字が見つかる気配はなかった。
それでも彼女は、俺の家にやってきた頃に比べるとみるみる元気になっていった。
元々活発な性格だったらしく、市民体育祭ではいつの間にかリレーのアンカーとして走っていたし、一緒に行ったぶどう狩りでは子供のように無邪気にはしゃいでいたりした。
また、彼女は絵も巧く、路上の野良猫やマンションの屋上から見える夕日をよく写生していた。
「秋の夕日って好きよ。あのオレンジ色を見ていると今日も一日生きれてよかったと思えるの。それに夕日に染まった景色っておとぎ話の中にいるみたいじゃない?」
俺には芸術なんてわからないのでただ笑ってうなずくしかなかったが、彼女といると粗暴で乱雑だった俺が何かに溶けたように自然体に変わっていくのを感じた。
いつでも緑色してつっぱっていた針葉樹が鮮やかな色をつける広葉樹に180度変わっていくような、そんな気分だった。
彼女は読書家でもあり、夜になるといつも本を読んでいた。
彼女につられて普段は活字嫌いの俺もいつの間にか本を読むようになっていた。
どこか物寂しげなところがあったが、多才で木漏れ日のような暖かさを持つ彼女に俺が惹かれていくのは当然の事だった。
彼女が俺の家に転がり込んでから数ヶ月が経っただろうか。
秋も深まりそろそろ厳しい冬の訪れを感じさせる夜だった。
何気なく付けていたテレビから流れる秋の特番番組をぼーっと見ているうちに、俺の頭に一瞬の閃光のようなひらめきが起こった。
「秋の始まりに転がり込んできた女、スポーツも芸術も読書も好きで、名前は夢宇、それなら苗字は・・・」
彼女はマグカップのコーヒーを飲みながらいつものように本を読んでいた。
「苗字がわかったかもしれない。」
俺は目線をテレビから彼女に移しそう言った。
彼女はその言葉に少し驚いて、神妙な顔つきで俺の次の言葉に注目している。
「もしかして、君の苗字は太田じゃないのか?太田夢宇・・・」
その瞬間、部屋の中に突然木枯らしのような突風が吹いた。
テーブルの上のアルミ製の灰皿が宙を舞い、部屋がタバコの灰だらけになった。
しかし、変わったのはそれだけではなかった。
彼女が忽然と消えていた。
飲みかけのコーヒーも、読みかけの本もそのままに。
俺は何が起こったのか理解できず、まだ湯気が立ち上る彼女の飲みかけのカップを呆然と見つめていた。
映画のワンシーンを切り取ったかのようにしんと静まり返った部屋で、一人しゃべり続けているテレビからは今年初雪が降ったというニュースが流れていた。
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