商売繁盛。行列の出来る店。
俺は行列に弱い。
街で行列の出来る店を見るとどうしても入りたくなってしまう。
並べば美味いものが食えると思うと、いてもたってもいられないのだ。
いや、それだけではない。
俺の本能が行列に並べと訴えてくるのだ。
そんな俺だが、行列に並び失敗した苦い経験もいくつかある。
腹が減ったのでラーメンでも食おうと思い、街で見つけた行列に並んだ。
しかしいつまで経ってもラーメンの匂いなどしてこない。
すると、この店で何かを買ったと思われる最前列の客がこちらに歩いてきた。
右手には四角い紙切れを持っていた。
なんてことはない、そこは行列の出来る宝くじ売り場だったのだ。
俺はラーメンが食いたかったはずなのに宝くじ売り場に並んでいた。
何の行列かを確認せずに行列があれば並んでしまう。
俺の悪い癖だ。
他にこんなこともあった。
ある場所に寝袋持参で並んでいる奴がいた。
何に並んでいるのかはわからんがこれは負けてられんと思い俺もその後ろに並んでみた。
寝袋を使うとは邪道である。
これは行列道に反する行為である。
今が室町時代であれば島流しの刑にされているはずだ。
世阿弥の能を見るために暖布(当時は寝袋のことをこう呼んだ)を使い行列に並んでいた坂之上比麻呂という貴族は島流しにされたという。
自分だけ暖かくなるという行為が行列道に反する行為なのだ。
この時代は武士道よりもむしろ行列道が重んじられた。
日本人はなぜ行儀良く行列に並ぶことが出来るのか。
行列に割り込んだりいざこざになることが少ないのか。
それは室町時代に重んじられたこの行列道のおかげで、日本人にはこの歴史が自然と染み付いているからだ。
しかし、嘆かわしいことに最近はこの行列道を知らない日本人も多い。
きっと奴もその一人だろう。
そんな常識のない奴に負けるわけにはいかない。
寝袋を使うなどという行列道を汚すような行為が俺の心に、いや、俺の行列魂に火をつけたのだ。
奴の後ろに並んでから4時間ほど経っただろうか。
やがて日も沈み、少し肌寒くなってきた。
奴は寝袋を使い始めたが、俺は手ぶらだ。
しかも、薄手のシャツしか着ていない。
しかし俺は行列を離れるわけにはいかない。
たとえそれが何の行列かわからずに並んでいたとしてもだ。
寒い。
俺はふと奴を見た。
暖かそうな寝袋におさまりながら眠っている。
その寝顔を見て俺の行列魂が再炎した。
「そうだ、俺はこんな一人だけ暖かくしているような奴に負けてはならんのだ!」
「日本人が無くしかけているアイデンティティーとしての行列道は俺が守らなければならぬ!」
今夜はこの情熱(行列)の炎があるかぎり心は凍えることはなさそうだ。
体は普通に寒い。
それから1日が経った。
やがて列は進みだし、奴も俺もようやく最前列まで進むことが出来た。
そこで始めてこの行列が何なのか知った。
ここは日本シリーズ第7戦の東京ドームだった。
もちろんチケットなど持っていない。
だが、俺の心は晴れ晴れとしていた。
「負けなかった・・・」
「俺は寝袋にも負けなかったのだ!」
「寝袋を使うなどという悪魔のような残虐行為をする奴にも屈しなかったのだ!」
口に出すと変態だと思われるので、心の中でそう叫び、満足して帰路についた。
しかし、その帰路の途中、新たなる行列が俺を待っていたのだった・・・
【次回第2話ちょびっと予告】
「あんたも
甘い汁を吸うためにここに並んでいるんだろう?」
「なんだこの
黒服の男達の行列は?」
「何てことだ!
俺はこんな行列に並んでいたというのか?!」
「行列道?そんなのあんたらが
勝手に作ったものじゃないか!」
次回並ぶ男の並んだ行列とは?
「・・・俺は行列に並ぶのが怖い。」
第2話へ続く・・・か?
と、今日はあまりにも仕事が暇だったのでこんな妄想をしてましたとさ。
明日まではひと時の休息。